矢島太郎

矢島太郎(本名・岩松淳)は1908年9月21日、鹿児島県の海辺の町で医師と美術収集家の息子としてに生まれた。東京美術学校で3年間学んだ後、反抗的な態度と軍事教練を欠席したことを理由に退学。軍国主義政府に反対したため、岩松と彼の妻の八島 光(本名・笹子智江)は投獄され、残虐な仕打ちを受けた。1939年、岩松が日本軍への徴兵を免れるため、また太郎と光が美術を学ぶために、ふたりは日本からアメリカに渡った。真珠湾攻撃後、岩松はアメリカ陸軍に入隊し、アメリカ戦争情報局(OWI)、後に戦略サービス局(OSS)でアーティストとして働いた。この時、日本政府に知られると日本の家族に影響が及ぶことを恐れて、初めて矢島太郎、光というペンネームを使った。戦後、太郎と光はアメリカ議会の法律により永住権を与えられた。

Subject:
Taro Yashima
Year:
1908-1994
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